【 淳 和 】 大人になるまで京都市右京区の西院に、ずっと長く住んでいました。 1960年ころは阪急西院駅のある西大路四条の交差点は、市電が路面電車として 南北に走り、東西にはトロリーバスが走る交通の要でもありました。 その北側の一帯に淳和院町(じゅんないん ちょう)という町名が有り、その 西側には奈良の春日大神を祀る春日神社が有ります。 西院の交差点の北東角に、今でも高山寺という小さなお寺が有ります。 その前には淳和院跡と書かれた石碑が有り、何か昔のいわれが残っていると 思っていました。 桓武天皇は奈良の平城京から乙訓(現在の向日市)の長岡京に、784年11月11日に 遷都し、10年後の794年10月22日に京都の平安京に再び遷都しました。 桓武天皇の第二皇子が嵯峨天皇(786~842年)で、異母弟が淳和天皇(786~840年)です。 この数年、元旦の日に京都西山連山の中の小塩山(642m)に登っています。 静かな花の寺(勝持寺)の横を通って、車両通行止めの道を登ってゆくと 京都盆地を一望できる場所がいくつか有ります。 山頂近くにはNTTや放送関係など5~6本の、大きな電波塔が有ります。 その横を通り抜けて超えて行くと、麓から約2時間ほどで山頂につきます。 山頂の平らな雑木林の中には、淳和天皇陵がひっそりと有ります。 そのような事で「淳和=じゅんな」に興味が湧き調べてみると、嵯峨天皇と共に 大掛かりになっていた儀式などを簡素化する事など改革を進めていて、退位した 後は淳和院(西院=さい)に住み、遺詔で「死後は骨を砕いて散骨するように」 としたそうです。 利害の多い周りの人等の反対も多かったのですが、嵯峨天皇(上皇)の指示もあり、 向日市で火葬し小塩山に天皇としては初めて散骨しました。 後の江戸時代終わりになってから陵墓が作られましたが、天皇陵の中では一番高い 場所に有り、簡単には行き難い所に有ります。 嵯峨上皇も「自分の死後に墓は作るな」と言われたそうです。 平安時代の京都は人口が12~13万人の大都市で、東山五条~今熊野あたりや、 嵯峨の化野、船岡山の近くなどに、死者を野ざらしにした「風葬・鳥葬」が 一般的で、「火葬」は特別な人だけだったそうです。 鴨川は罪人の処刑場所でもあったそうで、今では想像もつきません。 「東京極大路」という東の端の道が有り、後の時代にその西側に新しい 「新京極通」が作られました。 西の端には、「西京極大路」が有ったので、淳和院(西院)は都の西端に近い 辺ぴな場所だったと思います。 先日、新聞の記事の中に、NPO法人「葬送の自由を進める会」の関西支部が 京都でスライドショーと交流会開催すると出ていました。 内容は「散骨を希望した淳和天皇と仲間たち」です。 土曜日の午後で時間も有ったので、会場に行ってみました。 その会は、散骨などの自然葬を合法化しようという会でした。 *現在の散骨は、法的には薄いグレーの部分が有るので、自然葬の場所の 指定確保なども含め、しっかりと合法化していこうという事です。 お墓の事だけでなく、歴史もしっかり勉強している全国組織の集まりでした。 自然葬というのは、自然の大地や海に粉にした骨を還すという事です。 近年、お墓の維持やお寺との付き合いを、子供に負わせたくないという事も有り 墓じまいをしたり、特定のお墓を作らない事も増えてきました。 千数百年前に、自分の陵墓を作らないで散骨するようにとした革新的な天皇は、 利他の考えにあふれた、進歩的な考えの人と言えますね。 華やかな都での死者の事ですが、歴史が長く有るという事は、死者の上に 成り立っている今の時代でも有ります。 そして死に方は、生き方でも有りますね。 もうすぐお正月なので、また登って様子を見てきます。 【NPO法人の資料などを参考にさせていただきました】*画像は2020年と2021年撮影 投稿ナビゲーション 嵐電で車折神社へ神奈川県民のご褒美 4件のコメント 僕の田舎もだんだん高齢化でお墓を管理できる人も少なくなり、又寺の檀家負担(寺の修理や維持費)も大きくなり墓を持つことの意味や檀家制度が薄まりつつあります。 もしも自然葬になっていけば小さいお寺は確実になくなるのでしょうね。僕は自然葬派ですが。 返信 自分も死んだら海に散骨して欲しいなあと思っていました。 とりあえず普通にいけば飼い犬のほうが先なので、自分は健康で彼を看取れるようにしたいと思います。 返信 何気なく見聞きしてる近くの地名にも一つ一つ歴史があるんですね。 天皇陵は行ってみたくなりましたが、2時間はきつそう。 お墓のことは他人事ではないですね。 今3軒のお墓を守ってますが、今後どうしていくかうちの終活です。 返信 今年の画像。 倒木がずっとそのままです。 返信 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 Δ Optionally add an image (JPEG only)
僕の田舎もだんだん高齢化でお墓を管理できる人も少なくなり、又寺の檀家負担(寺の修理や維持費)も大きくなり墓を持つことの意味や檀家制度が薄まりつつあります。 もしも自然葬になっていけば小さいお寺は確実になくなるのでしょうね。僕は自然葬派ですが。 返信
何気なく見聞きしてる近くの地名にも一つ一つ歴史があるんですね。 天皇陵は行ってみたくなりましたが、2時間はきつそう。 お墓のことは他人事ではないですね。 今3軒のお墓を守ってますが、今後どうしていくかうちの終活です。 返信